尖山全景 |
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●頂上にストーンサークル |
●古代のピラミッドか
昭和59年、尖山を調査した富山大学の山口教授によれば、北側斜面に数十メートルにわたる石組みの跡が発見され、自然の山を加工したピラミッドではないかと云われている。
頂上からは360度の展望が開ける。 |
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30帖ばかりの狭い頂上に
多くの石が転がっている。 |
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●ストーンサークルでの奇妙な現象 |
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いくつかの石の側で磁石が指す方位が狂い、一定の方向を指す |
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@北西方向に狂う⇒御皇城山(呉羽山)がある。
御皇城山には竹内文献の皇祖皇太神宮がある。 |
尖山南西方向 |
A南西に狂う⇒飛騨位山がある
尖山と飛騨の位山には奇妙な伝承がある。
いわくー、「日が暮れてから山に入ると位山の天狗にさらわれる・・」「尖山に入った男が急にまぶしい光に包まれ気がつくと位山にいた」という。
B東に狂う⇒皆神山がある(長野) |
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尖山東方向の山並み。この山の彼方に皆神山がある
◆これらの山々は全てピラミッドではないかと云われる山である。
<参考>⇒富山のピラミッドライン。
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検証・尖り山 |
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富山では、尖山を中心に神社仏閣
が放射線状に並んでいるという。
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天林台地
●この台地に古代の祭壇跡があると云う。 |
●まっすぐに北へ伸びた天林台地は
古代の滑走路ではないかと云われる |
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推定・尖山ピラミッド |
昭和59年当時、富山大学の山口博教授が尖山を探査したという。
山口教授はこの尖山が、竹内文献に記される上古代・24代ニニギ尊が十和田高原(現在の十和田湖)に神都を築き、富山・御皇城山から遷都したという「アメトツチノヒラミット」ではないかと推定したという。
尖山から北に伸びる天林台地は、地質学上、往古は海に突き出た半島の形状だったと云われ、天林台地の両側までが海だったという。
この辺りの標高は全体にかなり高く、天林台地下のJR横江駅で標高は250mもあるので、海水位はこの時代には関係がない。
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尖山の北面には石組みがあるという。 |
●平面三角形の謎はー、
尖山の北西方位にある御皇城山(呉羽山)と夫婦山、二上山と天柱石のある五箇山を結ぶ平面の三角形が出来るという指摘があるのだが、これは余り問題ではない。
⇒日本の山のほとんど全てが酒井勝軍の指摘した16方位で結ばれているという事実である。
山々が方位線で結ばれているならそこかしこに平面の三角形は出来上がる筈である。<参考>⇒兵庫の16方位図 |
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尖山ふもとの蔵王神社 |
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尖山遠景 |
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日本のピラミッド |