日本のピラミッド
=概要=

◆昭和58年、サンデー毎日が日本ピラミッド特集を組み、全国にピラミッドブームを巻き起こしましたが、それまでは一部の知識人しか知りませんでした。

この話は、70年前に遡ります。
昭和9年、広島県の山奥で古代のピラミッドが発見されたと全国の新聞に報道されました。
これがピラミッド伝説の始まりです。

発見者は酒井勝軍(かつとき)
そして、このピラミッドの存在を裏付ける古文献が存在した・・・それが「竹内文献」です。

この竹内文献には、古代の日本を記した4000点以上もの膨大な文物があり、そこには、日本の正史とは異なった古代日本が描かれていたのです。

時の日本政府は彼らを弾圧。竹内文献の所有者・竹内巨磨は逮捕され、酒井勝軍には官憲の監視が張り巡らされました。

だが酒井は、飛騨、富山、東北地方に次々とピラミッドを発見していき、自分が主催する雑誌「神秘の日本」に発表しました。
彼の求めたのは、「歴史以前の日本の真実の歴史」でした。彼のピラミッド説は一般には認められないまま、昭和15年に没します。

そして又、竹内文献もその真偽を問う裁判に付されます。
昭和19年12月結審ー、裁判では「もし、文献が偽物であっても現在の所有者の竹内巨磨には関わりがない」という不確定な形で無罪になりました。

しかし、結審後も裁判所は押収した竹内文献を持ち主に返還しないまま、昭和20年3月の東京大空襲に遭遇・・・竹内文献は謎を残したまま灰燼に帰してしまったのです。

昭和20年からの敗戦後は、それまでの日本の正史を否定した新しい歴史観がつくられ、竹内文献も酒井のピラミッドも顧みられる事はありませんでした。

昭和46年に至って、東京の八幡書店から当時の膨大なメモ類を元に竹内文献を編集・出版され、まず、当時を知る知識人たちに読まれ、これを基にした概要書が出版されるようになりました。

昭和58年、サンデー毎日が日本ピラミッド特集を組み、全国のピラミッドと云われる山々を実証・検分して連載、これが日本のピラミッドブームを巻き起こしました。
酒井勝軍の云う日本のピラミッドは、彼の死後も発見され続け、平成の現在に至っても全国で発見されています。

ピラミッド伝説・酒井勝軍

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