みけつ
謎の御食国
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(注)これは、「蘇えるヒメコ伝承」以後の記事になります。
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御食(みけつ)
2016年4月26日付の神戸新聞に、「国生みの島・淡路」を日本遺産に申請云々の記事がありました。
この中に、淡路は奈良時代には、御食(みけつ)国として海の幸を天皇に献上したという記事が掲載されていましたが…、
ここでのポイントは、
御食(みけつ)国の「御食(みけつ)」という表示です。
御食(みけつ)の表示からは、「食べ物」に関連していることが一目で解る…、

ところが、この元々は、食物とは全く関連は無く、日本人の素性を意味していたと云えば、どうでしょうか
※御食国(みけつくに)とは、日本古代から平安時代まで、皇室・朝廷に、海水産物を中心とした御食料(穀類以外の副食物)=贄(にえ)を貢いだと推定される国を云う。律令制での「租・庸・調」の税とは別に、贄(にえ)の納付が定められていたらしく、若狭国・志摩国・淡路国などが推定されている。


◆御食(みけつ)神
御食(みけつ)は、神名にも使われて、御食(みけつ)神とは「食物を司どる神」といい、
『古語拾遺』によるとー、神武天皇が即位の時、神籬(ひもろぎ)を建てて祀った八神の中の一柱で
「御食津(みけつ)神」と記される。
また、御食津(みけつ)神の表示のほかに、

大宜都比売神
(おおげつひめ)
・保食神(うけもち)
・宇迦御魂(うかのみたま)
豊受大神
(とようけ)
・若宇迦乃売神(わかうかのめ)

などを指しているという。


◆大宜都比売神(おおげつひめ)
大宜都比売神は、古事記の国生み神話では、四国・阿波(粟)国の別名として記されています。
表示の大宜都(おおげつ)は、
御食(みけつ)神「御(み)」
「御(お)」
と読んで、漢字を「大(お)」
に変えたものですね。
すなわち、御食(みけつ)が大食津(おおげつ)になって、さらに、大宜都(おおげつ)に代わったものです。
ところがこれが、反対だった。
この元々の原点が、
「大食津(おおげつ)」だったのです。

◆大食は国名で「タージ」
そして、大食津(おおげつ)とは、元々は、四国・阿波(粟)ー徳島県の古代の国名だったのです。
大食津(おおげつ)の津は、=国という意味を持っている。
すなわち、
大食津(おおげつ)とは=大食国の意味になる。
竹内文献の上古代に、大食作国京桂山(上古2代)や、大食作国阿波国(上古4代)などと記され、上古の時代、
四国阿波の国名として記されているのです。
しかも、これは「おおげつ」とは読まない…、
読みは「タージ」…、だったのですよ。

大食(タージ)とは
大食(タージ)とは、唐宋時代の中国人が中東のアラブ人を呼んだ名称で、広義には、ムスリム(イスラム)を意味する。
『大食』の語源は、ペルシア語でアラブ人を呼んだ「タージーク・タージー」の音を、漢字と漢音で表記したものらしいという。
つまり、
大食国とは、「アラブ人の国」を意味していたのです。

タジ国は、兵庫へ移動した…
タジ国の発音から推定できるのが、但馬(タジマ)です。
タジマのマは「間」を意味し、=国を意味しています。
「大食(タジ)国」が「大食間(タジマ)」と発音されて、但馬(タジマ)になったのです。
つまり、大食(タジ)国は四国徳島から、兵庫北部へ移動して、のちの「但馬国」を形成したのです。

※「国」とは中国の言葉で、国を「マ(間)」と呼んだのは、インド大陸を経由してやって来た渡来人だった。

「淡路国」は「タジ国」か
さらに、「淡路」も「タジ」と読めるのでは……。
通説に、「淡路は、阿波への路」と云われているが、
そうではなく、「タジへの路」
すなわち、
「但馬(タジマ)への路」だったのではないか?

参照⇒蘇えるヒメコ伝承

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