●伝説の拝殿か
八幡山付近図
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八幡山がある神崎郡神埼町猪篠。
山は、隣接する生野町と大河内町にまたがっており、八幡山は、三町の境界に存在している。この地域は、八世紀に編纂された「播磨風土記」で、「はにおかの里」と記された地域である。つまりこの山は、はにおかの里の真中に位置している。
東側が神崎町側の猪篠集落。
猪篠集落の氏神が、八幡神社である(地図中、東方の円内)。
この神社にひとつの伝説が伝わっている。
いわくー

八幡神社は、いにしえは、八幡山にあったと云う。
この伝承は、地域の伝説として地区発行の小冊子に記録されていた。この伝承を記したのは、小冊子発行当時、地域の農区長を務めていた人物だった。彼はその当時、この伝承の痕跡を探るべく、八幡山を踏査したという。
彼は、こう記すー。
山頂の近くに「どやしき」と呼ぶ平坦地があり、清水が沸いているという。
「どやしき」とは、堂屋敷だろうか、何らかの堂のあった所という意味かー。
だが彼は、この時には、堂屋敷らしき平坦地は、発見していない。その代わりに、彼は、奇妙な物の存在には気づいている。
ー南西から頂上にかけて、十数メートルの間に、ひと抱えにあまる大石が、十数個、あるいは、ニ〜三個重なり、向きを変えて、単独で転がったりしている。ニ〜三人の素手では動かせそうもない、大きな石である。よく見ると、山石ではなさそうだ。表面がなめらかで、明らかに川石である。そのニ〜三個に、くさび状の切り込みが入っている。
しかし、この石は不思議である。石垣、礎石の類ではなさそうだ。八幡神社の前身の痕跡を求めて登ってきたが、この石はそれ以前の、なんらかの原始信仰に関する痕跡なのかもしれない。
彼が見たのは、先ほどまで紹介してきた巨石遺構だったのである。

問題はこの堂屋敷ー、「どやしき」である。 今回この「どやしき」を発見した。
それは、山の西側斜面、大河内町側にあった。

●拝殿の跡地と思われる「どやしき」と呼ばれる場所

適当な広さのなだらかな場所で2段になっている。八幡山は急勾配で平坦なと表現できる場所は此処しかない。
上の段に巨石、下の段に泉がある。



●「どやしき」上の段。

累々とした石の群れー。丸みを帯びて山石とは思われない。
ほかの場所にある石は角張っており、頂上の巨石と此処の石だけが洗われたような丸みを帯びている。

●「どやしき」下の段。

頂上から5〜60メートルばかり下った所は緩やかな勾配の平坦地で、その中心地にこんこんと水が湧き出る泉がある。なだらかな勾配でちょっとした畑ぐらいは出来そうな形状と広さがある。

頂上付近の略図
全体の位置関係を確認したとき、この山そのものが神社とそっくりの形態を成していることが分かった。

左の写真をご覧いただきたい。
頂上と「どやしき」つまり、拝殿跡・湧き水の位置関係である。これは全く神社の形そのものである。(下図)
神社の形態  神社の入り口には手を清めるための手水場があり、そして拝殿と賽銭箱、その奥に急な階段があって、ご神体を祭る本殿がある。
山の拝殿跡から頂上に至る斜面は階段に匹敵する急斜面である。
この拝殿に欠けているのは、賽銭箱だけ。
両者は、まさにぴったりである。

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